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付き合って約1年の恋人がいる。 口を開けば嫌味ばっかり。 俺の職場付近に来る度に喧嘩になって周りに迷惑を掛ける(帰れ、嫌だの応酬の後、乱闘になって俺が器物破損を反省する)。 胡散臭い仕事をして他人を陥れることはしょっちゅうで、あいつを恨んでる奴は星の数のくせに人心を巧みに操るもんだから、その矛先は本人には滅多に向かない。 挙げ句の果てに、趣味は人間観察なんて言う変態だ。 これだけ言うと最悪な人となりだし、実際下衆なのは否定出来ないが、俺にとっては可愛い恋人だ。 惚れてしまったのだ。仕方ない。 自分がそう言う経験をして、初めて分かったことが、『あいつが喜ぶなら何でもしてやりたくなる』と言うことだった。 ただし、『何でも』と言っても本当に何でもじゃない。人に迷惑を掛けない範疇でのことだ。 その男は彼女の喜ぶ顔が見たかったと訴えた。プレゼントをして喜ばせたかったと言う。 だからって借金踏み倒して良い訳ねぇだろ。 色々言い募る男に切れた俺が最後に聞いたのは、彼女の誕生日だったんだと言う悲鳴混じりの声だった。
誕生日。 引っかかるキーワードだ。 俺がそわそわしてるのを察したトムさんが、今日の仕事は終わったし、直帰で良いぞと言ってくれた。 トムさんは俺には勿体ないくらい良い上司だ。感謝して言葉に甘える俺の行き先は一つ。 「どうしたの、急に」 自宅兼事務所に俺を招き入れた臨也はパソコンの前に座る。仕事中だったのだろう、モニタから目を離さずに言った。細い指がキーボードの上を踊る。 「ノミ蟲、お前よぉ、誕生日いつだっけ?」 何気なさを装って聞く。 白状する。 俺は自分の恋人の誕生日を知らなかった。 カタカタとキーボードを打つ音が止まる。 臨也はじっと俺を見ていた。 「・・・・それを聞きに来たの?」 口ごもる俺を余所に、臨也は、そんなのメールか電話すれば良いのにとブツブツ言っている。 うるせぇな、会って聞きたかったんだよ。悪いか。 口に出したら倍以上になって返ってくるのは目に見えているから心中で毒づく。 忍耐とは無縁だった俺が変われば変わるものだ。我ながら感心する。 黙ってると臨也はこれ見よがしに溜息をついて椅子の背もたれに寄りかかった。 「シズちゃん、俺は情報屋だよ?時に情報は命以上の価値が出るのに、簡単に教えるわけないじゃない」 「あぁ?たかが誕生日じゃねぇか」 誕生日如きで何が分かるってんだ。 それでも聞き出したいから切れそうになるのを耐える。きっと米神には筋が浮いてるだろう。 「何でそんなこと言い出したの?シズちゃんらしくないよ」 怪訝そうな臨也の反応を前に言葉に詰まる。言えるわけがない。 付き合って1年になる恋人の誕生日を知らないなんて。 黙って睨む俺に臨也は、また溜息をついた。 もう、何なの、喧嘩売りに来たの?とブツブツ言いながらキッチンに消えていく。 次に現れた時には両手にマグカップを持っていて、ソファに座る俺に片方を突き出す。 「大方、債務者が彼女の喜ぶ顔が見たかった~とか言ったんでしょ?女子って結構ドライだから表面的には喜んでも、好みじゃないものだと内心がっかりしてるんだよね」 相変わらずの鋭さにぐうの音も出ない。 その後も何やかんや言って、一向に進展しない話に呆気なく俺の臨界点は達した。 ケータイを取り出して、電話帳機能を呼び出す。 「何してんの?」 カップに口を付けながら聞く臨也をちらりと見る。 「新羅に聞く」 確か、卒業アルバムにプロフィールが載っていたし、新羅なら普通に知っているかもしれない。 俺の答えに臨也はせき込む。茶が器官に入ったらしい。 「えー、そこまでして知りたいとか・・・・分かったよ、4日だよ」 通話ボタンに掛かった指を止める。 「何月だよ?」 臨也は窓の外に目を向ける。その目にはネオンに光る街が見えているのか、何も見ていないのか。 こいつが目を逸らす時は都合が悪い時と決まってる。 重ねて聞くと、ポツリと返ってきた。 5月、と。 5月・・・・4日・・・・?5月だと!? 「ふざけんな!過ぎてんじゃねぇか!!」 「べ、別にふざけてないし!ふざけてんのはシズちゃんでしょ!?何、今更聞いてんの?普通、付き合ってすぐ聞くでしょ?記念日とか興味ないんだと思うじゃん。シズちゃんの誕生日に会いに行ってもいつも通りの反応・・・っ!!」 臨也が顔を歪める。 クソッ、言うつもりなかったのに、と言う呟きで初めて気付く。 確かに俺の誕生日にコイツは池袋に来ていた。 いつものように追い払うと、今度は家で待機していた。どう言うつもりか問いただす前に、気が向いたからご飯作ったよと言った通り部屋にはカレーの良い匂いが漂っていた。 気が向いたから来た、気が向いたから数時間かけてカレーを作った。 普通に気まぐれな奴だから、今の今までその言葉を信じていた。 俺は大馬鹿野郎だ。 思わず臨也の腕を掴む。 「何?」 胡乱な目を向けた臨也の頬は赤くなっていた。 正直に言う。 コイツは性格はねじ曲がってる。口喧嘩は勝てた試しがないくらい口が回る。素直じゃない、面倒くさい奴だ。でも、その全てが俺にとっては可愛いんだ。俺も大概いかれてる。自覚はある。 そんな少し気まずそうにしている臨也を見ると、情けない事に言葉が出ねぇ。 「別にシズちゃんが気にする事じゃないよ。電話までしようとしたから教えたけど、普通に聞かれたって答えなかっただろうし。それに俺は永遠の21才だから誕生日も関係ないんですー。・・・・・でも、少しでも祝いたいって気持ちがあるなら」 トンッと羽みたいな軽さで臨也が胸に飛び込んできた。 「少しだけ、抱きしめてくれないかな」 俺の胸に顔を伏せてるから表情は見えない。黒髪から覗く耳が赤くなっているのが見えるだけだ。顔が見えないのがひどく残念だと思った。 クソッ、コイツがこんなに可愛いなんて聞いてないぞ。 甘え下手な臨也の精一杯の行動だと思うと、要望の『少しだけ』は叶えてやれそうもないと思いながら、その細い背中に腕を回した。